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Fukushima NO ALICE (Japanese text below has a diffrerent content)

 

 

Fukushima NO ALICE is a project to archive present tense landscapes of Fukushima prefecture, Japan with the presence of a Japanese Lolita girl as Alice, a fictional character from Lewis Carrol's "Alice's Adventures in the Wonderland". With her existence in each photography, we are no longer certain if the current situation in Fukushima is real or just a bad dream. From radiological contamination by the the explosions of Fukushima Daiichi nuclear power plant to various blows from unfounded rumors induced, Fukushima NO ALICE aims to visually surface and re-evaluate critical issues as such through the eyes of Alice. FUKUSHIMA is such a generalized or stereotyped term for such large areas of land spread from East to West. As of 2015 the lives of Aizu in the West seems normal as before the incident, where Namie and Futaba in the East are set no man's land for at least for few decades.

 

This is a statement about FUKUSHIMA where it became one of the most famous places on the earth. Our Alice, the Lolita girl, was a Fukushima University student at the time of the 311 disaster in 2011 and I have a Samurai ancestry in Fukushima. We are returning to give a shot to provoke international attention to re-evaluate the way we see Fukushima. 

 

 

Daisuke Takeya

A good day in September, 2015

 

 

 

 

福島のアリス( 上記英文は日本語版と多少内容が異なります。)

 

 

福島のアリスは、『不思議の国のアリス』の主人公アリスの勇気と好奇心を持った目を通して、現在の福島の姿を記録していくプロジェクトです。

 

2011年3月の東日本大震災後の福島第一原子力発電所の事故は、福島を『FUKUSHIMA』という世界一有名な場所にしてしまいました。福島の日々の暮らしと海外で語られるFUKUSHIMAには、時に現実とフィクションほどの隔たりがあるように感じられます。しかし、放射線の影響や風評被害といった確実にそこにありながら目に見えない問題には、一体どのような解釈を与えたら良いのでしょうか。2013年に『FUKUSHIMA アリスの迷い込んだ不思議の国』として始まったプロジェクトですが、FUKUSHIMAを漢字の福島にすることで、これからは不思議ではない元の福島を取り戻す方法を考えていきます。福島のアリスの「の」は、ローマ字表記だと「NO」となり、NO ALICEという(子どもである)アリスの存在できない場所であるという意味も含まれます。しかし、アリスが福島に存在するという事実は、ノンフィクション(の写真作品)として確実にそこにあるのです。

 

僕は、福島県の「はま・なか・あいづ」の「なか(なか通り)地域」にある二本松市の『二本松少年隊』の一員として戊辰戦争に14歳で出陣した武谷剛介の末裔です。戦場と化した城下町で勇敢に戦った12歳から14歳ほどの少年兵たちは、出陣前夜は遠足に行く前の子供のようにはしゃいでいたと伝えられています。しかし、現実の戦争は残酷で何人もの少年兵たちが命を落としました。生き延びた少年たちは、戦で死を遂げられなかったことを不名誉に思い、その後数十年の間、少年隊の体験を語ることなくひた隠しにして年齢を重ねていったそうです。僕の家族は、祖父の代から東京へ移住していましたが、1945年の東京大空襲直後に福島の地に疎開しました。終戦後しばらくして再度東京に戻ったそうですが、僕の父は、現在でも子どもの頃に福島の森の中で木の樹液でガムを作ったり、農作業をしたことを話してくれます。現在の福島の子どもたちが、果たしてそのように自然と自由に戯れながら成長し、豊かな歴史風土に誇りを持ち、次世代に語り継いで行くことができるのでしょうか。同じ福島県内でもはま・なか・あいづで物事の捉えられかたは大きく異なっているようにも聞き及びます。福島の歴史風土や現在の営みがFUKUSHIMAという限られたくくりで語られるべきではないのは明白です。

 

このプロジェクトは、2012年当時、英文学を専攻していた福島大学生のロリータの協力で始まりました。ロリータの衣装で田舎の大学を行き来する彼女の姿には違和感を覚えましたが、それは同様に、震災当時から現在に至るまで、福島が近隣の地域とは全く異質で特別な場所として報道され、あたかも『不思議の国』のように捉えられている事への疑問とも重なって感じられたのです。福島を扱ったプロジェクトが数多く存在する中、福島のアリスは、福島の現実とアリスというフィクションを行き来しながら、福島が本当にFUKUSHIMAというアリスの存在する不思議の国になってしまったのか、アリスが福島にあって不思議な存在なだけなのか、あるいは、現在の福島の捉えられ方自体が逆に不思議なことなのか、など、福島の現在の姿を検証します。そして、未来の福島を本来あるべき姿へと導き、将来社会を担う現在の子どもたちが誇りを持てる事に繋げる一役を担いたいと考えます。僕自身も、福島にルーツがありながら実は外から眺めているにすぎません。しかし、外側にいるからこそできること、可視化できることもあるのではないかと思うのです。

 

 

 

2015年9月吉日

武谷大介

 

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